昨日の車窓から 北滋賀
2007.10.14(20:02)
10/13土曜日WRG(サラダパン)で訪れたのは、北陸本線の木ノ本駅。

滋賀県の北部に位置する木之本町。ほぼ福井県との県境です。はっきり言って滋賀県の中では田舎の町の位置づけですが。

北国街道の宿場町だったので町に風情が残っています。
もっとも滋賀南部の宿場町のような京都の匂いではなく、やっぱり北陸の匂いが強いですねえ。

本陣跡は、薬屋として代々続いていたようです。

この近くで秀吉VS勝家のタイトルマッチがあったそうで。寄り道して絵葉書を投函した清正が兜を置き忘れて行った???
再び敦賀行きの電車に乗り、しばらく北進すると余呉湖。近くは何度も車で通ってましたが、初めて見た。

リエゾン:金沢
2007.08.12(23:01)
金沢といえば、「兼六園」。ですが。ボクの旅で、観光なんかしません。当たり前でしょ〜〜
ということで道すがら見つけたものを少し。
近江町市場

魚屋さんが多く集まる市場として有名なそうなんですが、どうやらほとんどがお盆休みみたいです。
尾山神社

お社?中国?のお寺??なんじゃらほい???
と思ったら、どうやらオランダ人が設計に携わり、ギヤマンの窓なども飾られている神社なんだそうで・・・
金沢駅までの帰りは裏通りを行ってみると、旧道に「当たった」らしく

長町武家屋敷跡から金沢駅のホント近くまで旧家がよく残っています。

さすが「小京都」と自慢するだけのことはあります。惜しむらくは高層ビルの高さ制限さえしておけば・・・
名作VS新作
2007.06.24(22:30)
ネタばれ注意!物語の結末も書いちゃっているから、これからDVD見よう、っていう人は見ないでね。
本日最後6本目のDVDは「日本沈没」。昨年公開のリメイク版ですわ。あまりに裏切られたので、むー、ときてます。

ディティールが非常にリアルで、はじめはよかったんですが、特撮で被災害に飲み込まれる人々までもがリアルに映りこんでいたのはどうも・・・
さらに物語中盤から明らかに前作と違う線路を走り始める。
滑り落ちるユーラシアプレートを超強力爆薬で寸断させて沈没を食い止めるんだー。草なぎ君が設計限界深度を越える旧型潜水艇で捨て身の爆薬点火!
ぅええ〜〜〜〜〜?!?!?!
沈没止まるのぉ〜〜〜〜?!?!
かくして日本は7〜8割は沈んだものの、すんでのところで救われたのでした。って
原作と違うや〜〜〜〜〜んんん!!
小松左京の原作小説を読んだのは、小学生か中学生の頃だったか?思春期のボクには衝撃的でしたよ。
そもそもの後半のテーマは、もし「国」というものがなくなったら?民族としての「日本人」のアイデンティティーとは何か?というものだったはず。
沈没後の日本人は世界中にてんでばらばらになってそれぞれ難民として扱われる描写があったり、自ら沈みゆく「日本」と命を共にする政財界の闇のボスがいたりと、そういった問いかけに近いものが沢山ありました。
当時はベトナム難民、カンボジア難民、パレスチナ難民などの世情の背景が理解を助けたんでしょうが。
これがリメイク版ときたら「愛する人を守るんだ」的な所だけになっちゃてて、ちょ〜っと原作に失礼ちゃうんか〜?
と憤ってしまい、イキオイでこれを書いています。
それにしてもよく小松左京がこの脚本でオーケーしたなあ。
もう一度原作本を読み直してみようかな。
なにわ染色体
2007.04.20(23:02)
今日は午後から仕事で大阪に行ってました。少し早めに終わり、せっかくなので、今週グランドオープンされた、なんばパークスへ行ってきましたよ。子供の頃は「おでかけ」というとなんば。社会人になってからも通勤で毎日通っていた場所です。

※大阪知らない人に説明しよう:なんばパークスは、大阪ミナミにある大型商業施設。表参道ヒルズや丸ビルの大阪版といったところか。
数年前に半分出来ていたんですけど、それで完成だと思っていました。まさか倍になるとは思っていなかった。
お子ちゃまですから、いの一番にトイザラスセレクトに行きましたが・・・う〜ん、ボクみたいな変人セレクトではなく。フツーやん。残念。
面白いところでは雑貨屋さんなんですけど、店の1/3にはジャズのCDがおいてあって、反対側の1/3には落語のCD&本が。しかも、棚の半分は演目毎に並べてあるので、同じ演目で違う落語家(かつ東西)の聞き比べが出来る・といった主旨のところもあり。

レストランフロアには「ご当地フードパーク」なるものが。ここにも出てきたかビックマン!もう完全に商社ペースのあきないでんな、こりゃ。長崎ちゃんぽんもある。ちょっと揺らいだが踏みとどまる。だってこのお店の名前聞いたことないし。
ちなみに余り有名ではありませんが、なんばパークス入り口近くの床にこんなものがあります。

大阪の人は知っていますが、ここはむかし大阪球場があった場所なのです。まさにこの床タイルのあった地点が、当時ホームベースのあった場所。
親父がホークスファンなので、しょっちゅう大阪球場には連れてこられました。(※おかげで野球がきらいになった。)
目の前でおっちゃんがビール片手に「なにやっとんや門田ぁー」と野次っていたあの場所が、今やマック片手に外国人が颯爽と歩くおしゃれ空間に。
昔の風景はもうないんだなーと寂しくなる反面、周りにはマルイや大型ヤマダ電機もできて人の流れがミナミに戻ってくることは素直にうれしいですね。








