東海道 まだゆく! 大坂高麗橋〜守口〜枚方

2007.09.22(21:43)
9/22土曜日、9時前頃
起点となる高麗橋をスタート。
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東京の日本橋と同様に橋のたもとには里程元標があり西日本の道路の基点となっています。実はここから5分も歩けば昔通っていた本社のあったところ。こんな歴史があったなんてしりませんでした。
omh 02
あの頃は、どこの店が飲み食べ放題になるとか、そこのイタリアンが美味しいとか、あそこ居酒屋はバドガールのお姉さんがビールを運んでくるとか、そんなんばっかりやったもんなあ・・・。
まずは少し北上して土佐堀通りに出ます。
omh 03
ほどなくして八軒家船着場跡。かつてはここから京都に行き来する船が出ていたのです。
omh 04
この辺は勝手知ったるエリアやけど、まさかこんな目的で歩くことになろうとはあの頃は思いもよらなかったで。
今日も真夏日。雲ひとつ無い快晴。先に書いちゃうけど、熱中症寸前ちゃうか?と思うほど大変やった。
omh 05
道は、谷町筋を越え、大坂城を遠く右に睨みながら京橋へ。街道の起点も当初は京橋でした。京都へ向かう橋やから京橋なんです。
京阪電車とJRの高架をくぐり、商店街を抜けていきます。
ドイツ光線・・・出してみたい。・・・ビアジョッキを持つ左手とソーセージを刺したフォークを持つ右手をクロスさせれば出ると思う。
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街道は広くなったり、細くなったり。このあとはしばらく住宅街の中を進み、さらには国道1号線に合流。
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前半はこんな感じの繰り返し。大阪の下町をナナメに抜けていくんやから当たり前か。「豹柄の服を着た大阪のオバチャン」といえば、の千林商店街も一瞬やけど通過。
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さらにしばらく歩き進んで、京阪の守口市駅の近くが、守口宿。本陣の建物こそなくなっているものの、けっこう旧家が多く、以外にも宿場町の風情が残っています。大坂からは最初の宿場。江戸から来ると、五十七次目の宿場町です。
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その後は、住宅街の中をぐんぐんぐんぐん北上します。
途中で「水中メガネ」はっけん
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バイクも怪しいが。
スタートから約3時間後、ついに淀川に到達。
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しばらく街道は堤防の上を進みます。というよりも、そもそも東海道となる以前から治水と街道の用途を兼ねてこういった堤が淀川沿いにつくられたそうで。
気持ち良さそうなもんやけど・・・
しばらくどころか
行っても行っても
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こんな感じ。ようやく遠くに枚方の町並みが見えてきた。
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影がないのが辛かった・・・。
1時間半ほどでようやく堤防を離れる。間違ったんちゃうかと思うほどの、住宅街の中の細い道をゆく。
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堤防以外はココに限らずかなり曲がりくねった道が多かった。時の権力者が反対勢力の軍事力の移動速度にかなり神経を使っていたのが伺える。
かつての実家に続く国道170号線をこえてしばらく行った京阪枚方公園駅の前あたりからが、かつての枚方宿
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旧家はそんなに多くはないけど案内板などが整備されていて分かりやすい。
本陣跡。スタートから5時間すこしでようやく到着。
omh 16
あー。暑くってバテバテじゃあ。駅も近いし、今日のところはこのくらいにしといてやろう。

東海道 まだゆく!

2007.09.22(05:00)
「また」ではなく「まだ」。引き返したりするわけじゃなくて、まだ残りがありますねん。

どーゆーことやねん?この前東京日本橋まで行ったやんか?という一部読者の心の声が、ボクには聞こえる。

実は東海道は江戸から大坂までの街道だったのです。
ウソじゃないで。ちゃあんと幕府の公文書にも残っているらしいし。

早い話が後から付け足したらしいんです。江戸日本橋から京都三条大橋までを東海道として整備した後に、徳川家康は大坂冬の陣・夏の陣で豊臣家を攻略。その後に、大坂を抑える意味で、既に伏見街道(訂正)京街道として存在したルートを東海道に加えたとのこと。ただし大坂側の残党みたいなのを京都に入れることを嫌い、山科あたりで分岐するような格好にしています。

そやから、ボクが冬に大津〜京都を歩いた時にその分岐点を通っていたのですね。
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なぜこのルートが知られていないかというと、大阪〜京都は淀川があるから、船による旅客・物流が主流となったので街道が忘れ去られるようになったんですね。

ということで。

この東海道歩きは、「上方から江戸に下るてい」でやってたし、ボクは大阪人。このルートを歩いておかなければ、大阪から京都までワープしたことになってしまう。

あとさきになってしまったけど、大阪から歩き始めよう。
ほなこれから行ってきま〜す!

東海道をゆく 神奈川→川崎→品川→日本橋 後編!

2007.08.01(22:26)
つづき

だんだん気温も上がってくると、スピードも上がらなくなってきた。
1時間半ほど単調に歩く。・・ひこにゃん・・・もうええって。
蒲田、そして大森を過ぎて少し行ったところで、鈴ケ森刑場跡。
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処刑って昔はある意味で娯楽やったんやって。他に見るもの少なかったし、沢山の人が見なければ見せしめにならへんしねえ。

大井で旧家を発見。関東に入っての東海道沿いでは珍しい。
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ようやく見付けたすかいらーくでドリンクバー休憩を挟んで、11時半ごろ、品川宿の本陣跡に。
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さらに旧家。下町の匂いは濃い。
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最後の宿場町はクリアした!さあ残すは終点、日本橋を目指すのみだ!品川駅から先は再び第一京浜と合流。もう旧道はない。ひたすら道なり。

高輪大木戸跡
ここから先が所謂「江戸」というエリア分けだったらしい。
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「東京だよ、おっかさん」
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あれって東北人の設定?「東京やでぇ、おかーん」うーん、いやいや連れて来たみたいやん。ちなみにウチのオカンに「東京連れていったろか?」と言っても「あんなトコ別に」と言うに違いない。生粋の大阪人だから。

田町駅、浜松町駅の横を通り、新橋のガードを斜めにくぐると、そこは銀座。
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タイミングよく歩行者天国になっていた。おお、これはワシを歓迎してくれておるのかのう、ホッホッホッ。
でも、車道の真ん中を歩けるのは、気分だけじゃなくて、足にもウレシイのよ。歩道って、斜めになっていたり、けっこー起伏が激しくて、疲れるのよ。

気分上々、スピードも上がる。おっと、そこでは日テレ藤井アナがなんか外人さんにインタビューしているじゃあないか。でも写真撮るとスタッフさんに怒られるのでやめておこう。ボク、おのぼりさんじゃないから。上方から来た「おくだりさん」だから!

もう大分前から見えていた首都高ガード下。橋はこの下にある。
〜〜〜
やったぞ!着いたぞ!!・・・と思ったら、欄干しかない。
???と思ったら
京橋
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この場合の京橋は「ええとこ♪」じゃなーい。
1キロほど先に首都高ガードがもう1本。あっちだったのね。

そんなこんなで・・・
2007年7月29日午後1時30分
日本橋に到着
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東海道 京都三条大橋から江戸日本橋まで完全踏破!!!

小さくガッツポーズ
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延べ日数:24日
スタート:2006/12/17
ゴール:2007/7/29
総行程:およそ492キロ

長い長い道のりでした。でも歩けないことはない、当たり前だが。周囲に驚かれ、珍しがられ、変態扱いされても、頑張った。

自己満足達成:プライスレス

でも昔の人は12泊13日で歩いたそうです。今回はとぎれとぎれに繋いでいったというのもありますが、もし連続して歩いたら・・・。途中で足を痛めてどうにもこうにも動けなくなるでしょうね、ボク。

帰りは中仙道?無理です。最初はそんなことも目論んでましたが。近くに鉄道が無い、というか。冗談でなく、簡単に途中リタイヤできないシチュエーションばかりなので、中仙道は上級者向けです。
もっと大人になってから考えましょう・・・

東海道をゆく 神奈川→川崎→品川→日本橋 前編

2007.08.01(21:49)
赤レンガ倉庫であぶ刑事のマネして走ってみたかったけど諦めた7/29日曜日

宿はカプセルホテルといっても、ちょとええとこ。夜景はキレイかったけどうまいこと写真撮れなかった。早朝はこんな感じ。
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例によって老人起き。当然メシは付いていないので「朝食開始時間」を気にすることなくスタートできる。で5時出発。途中のその辺のファミレスかどこかで食べて行こう。

まずは国道1号線とともに街道は進む。上には首都高横羽線。そしてさらに国道は1号線と15号線(第一京浜)に分かれる。ココから先、日本橋まで東海道は1号線ではなく15号線とついたりはなれたりを繰り返すことになる。
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出発してからかれこれ1時間ほど・・・。さっきの「そのへんのファミレス」というのは、昨日と同じ過ちを犯してしまった。大きな国道なのに、な〜んにもない。「会いたいときにアナタはいない」どうでもいいときはいっぱい並んでいるのに。さっき「マクドはちょっとなー」と選り好みするんじゃなかった。おなかへったよー。

生麦生米生卵。社会科で習った生麦事件の場所から、東海道は第一京浜を離れて、旧街道へ。いかにも下町の生活道路になる。右手にはビール工場。一生かかっても飲みきれないビールがあるんだろうなあ。ここで働く人達って飲み会は工場の中でやるんやろうか???

魚河岸通り。でもとても静か。
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江戸時代からそうだったであろう魚屋さんがたくさん並んでいますが、まだ開いていません。おっそいなー。て、ボクが早いんか?まだ6時半。

・・・もう6時半。おなかへった・・・。
何にも無い。しかも旧街道にはいってしまったのでもう望み薄。
んー、この際川崎までガマンしよう。で、ファミレスでモーニングセットとドリンクバーで水分補給もするのだ。そうしよう。

東海道は旧街道のまま第一京浜をクロスし、鶴見駅のちょっとした賑わいを抜け、鶴見川を渡ってしばらく行くと、ようやく横浜市を出て川崎市に入る。
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ひっこにゃーんっ、ひっこにゃーんっ、ひっこっにゃーんにゃーん♪

生活道路だった旧街道はいつの間にか繁華街に。川崎宿。ようやく到着、7時半。
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なんや、メシ抜きで2時間半も来てしもうたよー。

この後、すこしルートを外れてロイホに行ってみるものの、穴が開くくらいメニューを見ても、おいしそうじゃない、少ない、高い、ドリンクバーがない。んーーー。
でも休憩はしたかったのでコーヒーだけで30分休憩。その後、めしやで「目玉焼き定食、納豆付き」で仕切り直し。再スタートするのに、都合1時間もかけてしまった。

ちなみに川崎宿の中心、本陣などは現在の京急川崎駅近くだったらしいけど、今はもう完全に夜の街。風情どころかその跡さえもうありません。

ずんずん進むと多摩川。タマちゃーん!
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ということはここから東京都。
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ここから先は再び第一京浜を小1時間ほど歩くことに。

そうそうこの週末は参院選でしたが、この街道歩きで地域の変化を感じるものに政治家のポスターが。東京選挙区の掲示板のなんと賑やかなこと。確か、丸川アナってボクらと同いやったと思うんやけど。この違いは・・・ねぇ???
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後編につづく!

東海道をゆく 藤沢→戸塚→保土ヶ谷→神奈川

2007.08.01(20:47)
朝メシ&昼メシをまともに食うヒマもなく電車を乗り継いだ7/28土曜日

さあやってきました藤沢宿
ただ本来ならば前回ゴールの地点(小田急藤沢本町駅)からスタートするべきですが、少しでも時間短縮したいので、JR藤沢駅から直接、街道の一番近いポイントへ。歩く距離は結局変わらないのでそれでよしとします。2時リスタート。

するといきなり道場坂という上り坂に。いじめんといてくれよー。なんかボク悪いことした??道はしばらく住宅街の中の幹線道路をすすんでいきます。
30分ほど歩くと横浜市に突入。
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で、その先で国道1号線と合流。この先はだいたいそんな繰り返し。なので、「松並木?」と思いきや、道路整備で植えられたと思しきなんかわからんおっきな木。
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ふと右手の視界が広がりました。気が付くといつの間にか結構な高台になっていたようです。
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しっかし・・・あ・・つぃ・・・
ミンミンジャージャー鳴くセミの声がうらめしや・・・。多分今くらいの時間が最高気温。なのについさっきまで冷房の効いた電車の中にいたんやもんなぁ。
結局次の日の最後まで、暑さとの戦いになったわけです。

しばらくして国道1号線はバイパスと旧国道に分かれ、街道は旧国道の方へ。
3時半ごろ戸塚宿。ペースは早め。
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今日ばっかりは飲んでも飲んでも飲み足りない。3本目のジュース?を飲んだ頃(何を飲んだのかさえも思い出せない)、久しぶりに国道でも県道でもない生活道路へと入っていきます。
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久しぶりに峠っぽい?言われなければただの住宅地の奥、ですが。こういうつづら折れというのは街道最後でしたね。
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品濃坂といって、この先2〜30分くらいだらだら続くので、もうバテバテ。疲れてくると脳ミソに栄養がまわりません。気が付くと無意識に歌っていました。
♪ひこにゃんひこにゃんひこにゃんにゃん♪
あー、平和堂で洗脳されてるー!

坂の頂上には大きなマンションが数棟そびえ立つ。さぞかし眺めは良かろう。そして道は相変わらず生活道路ですが、今度は下りに転じます。権太坂といって、やっぱり2〜30分くらいだらだらと続く。それほどトリッキーというわけでもないです。住宅造成などでだいぶなだらかになったらしい。江戸から来ると最初の難関。
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下りきったところで国道1号線と合流。

もう、とにかく疲れたし、喉が渇いたし、腹減ったし、もうスピードが5〜60%やし、さすがにどこかでちゃんと座って休みたい!!と思うときに限って、な〜〜んにも無い。国道だからといって期待したのに、あるのは車屋ばっかり。
(こんだけ暑いと、道端に座り込む気にもならん)

そうこうしているうちに保土ヶ谷宿
横浜の西側ってけっこうアップダウンが厳しかったのね。
古いものはほとんど残っていないけど、本陣跡の碑はあった。
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街道は国道1号線を離れて県道を北進する。しばらくするとJRの駅前。たしかにお店はいくつかあった。大衆食堂とか中華料理とか。そういうところが嫌なわけじゃない。でもでもでも、みんな「飲んで」るのー。だってもう夕方6時だもん。

優柔不断で決めきれず、さらにとぼとぼと歩を進める。この日の目標地点まであと1時間少しを残すのみだが、腹が減ってもうこれ以上進めない・・・と思いかけたそのとき、相鉄天王町駅付近でココイチ出現。助かったー。夏野菜カレーで充電。食ってたら、まるでこれって独身サラリーマンの夕食みたいやなー、と思って・・・イヤ、その通りやんか!とノリツッコミ。

頭に栄養がまわるようになって冷静に考える。カロリー消費する時間がもうそんなに長くないのにガッツリ食べてしまった。後悔・・・。

道は県道なのにだんだん広くなってきた。日も落ちて空もだんだん暗くなってきた。ようやく横浜の街が近づいてきたのだ。
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神奈川宿

街道や宿場のものはほとんど残っていないので、ここは本陣跡とか中心とか気にしないことにした。
人ごみの横浜駅を経由して、7時半ごろ駅前のカプセルホテルに投宿。
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そういえば大阪にいたときはカプセルホテルって日常茶飯事だったのに久しぶりだー。フットリフレソロジー(?。舌かみそう)を受けてリフレッシュする。でもあんなに痛いとは・・・
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プロフィール

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Author:Tuvok
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